現代の宗教観

人類は常に、自分達の力の及ばない事象に対し畏敬の念を抱いてきました。
 地球が丸くなかった頃は、海の端に船を飲み込む怪物がいると信じられ、山火事が起これば山神様のお怒りで、といったように自分達の知識の及ばない事象全般が崇拝の対象とされていました。
 古代から前近代までの、知識、情報技術の乏しかった時代は、判らないことだらけで、その判らないことに対して納得するための埋め合わせとして神仏の力というものが用意されていました。
 しかし、これらの信仰は近現代、科学が発達するにつれ、これらの事象の原因等が解明されるにあたり、神仏の成せる奇跡ではではないということが明らかにされることにより色褪せていきました。
 地球はとことん行けば一周し、山火事は乾燥した山木が擦れて発火することにより起こるもので、雲の上に天国は在りませんでした。
 科学が発達すればするほど、信仰は物理学に侵食されていきます。かつてアメリカにおいて開拓者達がインディアンを追いやっていったように、私達の科学は神仏を、地球上から追いやってしまっているように思われます。
 しかしながら、どれだけの事象が神仏の業ではないと判明したとしても、それが神仏の存在そのものを否定し得る決め手にはなりません。
 雲の上に天国が無かったということは、ただ単に私たちが思っていた神仏の居所が雲の上では無かっただけのことで、前近代までの神仏に対する認識が間違っていただけの話なのです。
 神仏は私達の知りえない宇宙の果ての外側におられるかもしれませんし、ブラックホールの向こう側におられるかもしれません。
 科学は神仏の居所を一つずつ削ってはいきますが、そこには元々神仏はいなかっただけのことで追いやられているわけでは無いのです。
 むしろ、科学によって様々なことが解明されればされるほど、神仏の位置は私達人間の手には届かない場所へと遠ざかって行き、その神秘性を増していくのではないでしょうか。
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